ようこそ hirot'sBlog へ

2004/11/25
本BLOGの公開を
開始しました。
映画は、今世紀に入って
ほとんど劇場では
見ていません。
主にDVD、CS、BS放送
による観賞です。
表題後ろにあるのが評価で、
前は客観点(出来の良さ)、
後は主観点(好き嫌い度)。
A-Eにするつもりですが
客観・主観とも
Cが及第点として、
Aが最高評価
Eが最低評価
とお読みください。
よろしくお願いします。

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プロフィール

hiro


2018年02月

2018年02月28日

情熱なき犯罪

1934年 アメリカ CRIME WITHOUT PASSION
ベン・ヘクト/チャールズ・マッカーサー監督&製作&脚本 リー・ガームス撮影 クロード・レインズ マーゴ ウィットニー・バーン スタンリー・リッジス ポーラ・トルーマン グレタ・グランステット エスター・デイル フラー・メリッシュ・Jr.

『法律で罰せらるべき唯一の犯罪は愚鈍である』という持論を持っていた弁護士のリー・ジェントリーは、女にかけても相当の腕前を持っていた。彼の最近の恋人はケティ・コステロという金髪美人であったが、彼女は彼の前の恋人カーメンと完全に手を切らなくては結婚しないと言ったので、ジェントリーは一計を案じて、カーメンの昔の恋人エディ・ホワイトをナイト・クラブのカーメンの部屋に誘い出し・・・

・ベン・ヘクトとチャールズ・マッカーサーがそのコンビのまま監督もした、その最初の作品とのこと。全部で四本監督しているけど、有名作はないみたい。
・本作も成功しているとは思わないけど、脚本家が監督に手を出すという典型的意欲(?)作で、実に様々な手法を使ってアピール(?)している。
・冒頭から死の天使(?)のような三人の女が飛んで行く、本筋には直接関係しない描写(それは締めくくりでも登場する)。その他笑える程(苦笑でもある)様々な手法を屈指している。
・筋自体は、さすが名脚本家と言える程面白い。敏腕悪辣弁護士が女を渡り歩き、その女との別れ方も相手に原因を捏造する悪辣さ。それに気がついた女が自殺すると脅すと、先に拳銃を取り上げておいて、冷徹に突き放すが、わずかな油断から女は彼が殺す形で撃たれてしまう。焦る主人公(クロード・レインズがデビュー作「透明人間」の演技が認められて、本格的主演をしている。「透明人間」はほとんど包帯姿だから本格的に顔見せするのは初めて)は、すぐにいつもの悪知恵を働かせて、様々な工作を繰り広げて行く。その際も、もう一人の(幻の)自分が現れて会話形式で行動して行く技巧。様々な工作の後、思わぬアクシデントで工作が失敗しそうになってから、更に二転三転、まさに監督としても脚本家としても、これでもか!というほど技巧を屈指している。
・このように脚本家が監督する失敗は犯しているが、珍しく、饒舌過ぎて長くなるという失敗だけはしていない。なかなかコンパクトにまとめている。(70分)
・ちなみに、本作の前が「特急二十世紀」の脚本、次作「生きているモレア」(初めて聞いた)でも監督をしてアカデミー原案賞(勿論監督賞ではない)を受賞し、その次が「バーバリー・コースト」。wikiで観てみると、実に多くの有名作にクレジット無しで関わっているが(「駅馬車」や「風と共に去りぬ」も)、パレスチナにおけるユダヤ人の反英運動に関わったため、ボイコットされ、隠れて活動したからと書いてある。(赤狩り以外でこういう事情は珍しい?)
・ちなみに、タイトルの「情熱なき犯罪」は原題もほぼ同じだが、なかなか上手いタイトルだと思う。主人公は悪党だが、犯意なく犯罪を犯してしまうのだから。
・傑作とか佳作とはとても言えないけど、珍作として映画好きは見る価値があるかも。



hirot15 at 23:57|PermalinkComments(0) 洋画 | ノワール・ボイルド

2018年02月27日

地上最大のショウ

1952年 アメリカ THE GREATEST SHOW ON EARTH
セシル・B・デミル監督&製作 バー・リンドン脚色 フレドリック・M・フランク&フランク・キャベット原作&脚色 シオドア・セント・ジョン原作 ジョージ・バーンズ撮影 ビクター・ヤング作曲 ベティ・ハットン コーネル・ワイルド チャールトン・ヘストン ドロシー・ラムーア グロリア・グレアム ジェームズ・スチュワート ヘンリー・ウィルコクソン ライル・ベトガー ローレンス・ティアニー ジョン・ケロッグ ジョン・リッジリー フランク・ウィルコックス ジュリア・フェイ

世界最大のサーカスとして知られているリングリング・ブラザース=バーナム・アンド・ベイリー一座に、新しく空中曲芸の名人セバスティアン(コーネル・ワイルド)が加わることになった。この一座にはもともとホリー(ベティ・ハットン)という空中曲芸のスターが人気を集めており、ホリーはやがて来るセバスティアンに中央のリングを譲ることを快く思わなかった。ホリーを愛している座長のブラッド(チャールトン・ヘストン)にしても同じ気持ちなのだが、サーカスのためには仕方のないことだった。負けん気のホリーは芸の力でセバスティアンに勝とうと激しい稽古に励んだが、彼女の姿をいつも心配そうに見つめているのは道化師のバトンズ(ジェームズ・スチュアート)だった。彼は普段も扮装をおとしたことがなく謎の人物であった。一座に加わったセバスティアンは芸にかけても女にかけても相当の腕前で、踊り子のフィリス(ドロシー・ラムーア)などは彼の関心を買おうとつとめた。リングのホリイとセバスティアンの芸争いは1日ごとに激しくなり、とうとう無暴な芸を試みたセバスティアンは負傷してしまい

・多分、劇場では見ていないし、レンタルもしていないと思う。子供のとき(小学生?)、TVで見て、その印象が強烈だった。「秘密探偵JA」の「脱走列車」が本作をモチーフにしていることはすぐに分かった。ただ、子供の時の記憶だから、後知恵として、バート・ランカスターとチャールトン・ヘストンを混同したり(バート・ランカスターがサーカス出身と知って入れ替わったのでしょう)、彼が空中ブランコをしていたと思ったり(バート・ランカスターが「空中ブランコ」をしたのは文字通り「空中ブランコ」でした)、色々思い違いをしていた。
・本作はしかし、印象に残っている通り、まさにサーカスの魅力を満載した作品だった。もはや動物を使うことにも困難になった現在のサーカス事情で、本作は最高のサーカスの魅力を描いた作品ではないか。それと、多分もう僕はサーカスを見ることは出来ないな、と実感した。たとえ映画でも、空中ブランコ・シーンは目眩がした。本作の時代、勿論CGやトリック撮影も高度なものではなく、いや、たとえトリック撮影していたとしても、それを考えない本物の迫力を感じてしまった。
・それにしても、空中ブランコをしていたのがコーネル・ワイルドとは。名前だけしか知らないスターだけど、ベティ・ハットンとの空中ブランコ対決と、地上での色男ぶりは素晴らしい。ちょうどチャールトン・ヘストンとの絶妙の対比となっている。この四角関係はどのようにまとまっても成立するものだっだろう。
・写真以外で素顔を出さないジェームズ・スチュアートについても、ちょっと記憶違いをしていたが(「秘密探偵JA」によるものか)、これはこれで良い結末だったのだろう。
・敢えて言えば、もう少し行進シーンなどをカットして短く出来たんじゃないかな、そこにサーカスの本質はないだろうから(全てカットするわけではないし)。しかし、そこ以外にカットする余地はないと思える作品。列車脱線シーンも凄い。ただし、無理に興行を行おうとする展開はあまりにも無謀だが、しかしそれがハッピーエンドにつながっている。



hirot15 at 23:54|PermalinkComments(0) 洋画 

2018年02月26日

ひるなかの流星

2017年 東宝
新城毅彦監督 やまもり三香原作 安達奈緒子脚本 小宮山充撮影 羽毛田丈史音楽 永野芽郁 三浦翔平 白濱亜嵐 山本舞香 小野寺晃良 室井響 小山莉奈 大幡しえり 西田尚美 佐藤隆太

両親の海外転勤をきっかけに、田舎暮らしから一転し、東京で暮らすこととなった高校1年生の与謝野すずめ。すずめが生まれて初めて恋をしたのは、困った時にいつもすずめを助けてくれる担任の獅子尾だった。そんな獅子尾も、すずめの純真な姿に惹かれながらも、教師という立場から自分の気持ちに素直になれないでいた。クラスメイトの馬村は、すずめの獅子尾への思いを知りながらも、次第にすずめへ思いを募らせる。徐々にクラスになじんでいくすずめだったが、クラス一の美女・ゆゆかが馬村を慕う気持ちに気がついてしまい……。

・前半は主演三人の個性がよく出ていて快調だったのだけど、教師と生徒という関係によりひずみが出てからは何か不自然な展開になってしまったように感じた。もっとも、映画(原作)の描きたいものはこちらだったのだろうが。教師と生徒という関係は、生徒が卒業すればそれで半分は障害が無くなるのに、それを無視して展開させるとこのような不自然な展開になるのだろう。展開させるなら、それを踏まえた上で展開させるべきなのだと思う。それでも尚、馬村がいかに行動し、それに対するヒロインのすずめは多分もっと葛藤したと思う。
・前半の、吉祥寺で迷い、ひるなかの流星を見て気絶(実は空腹と疲れの為)するすずめ、そんなすずめをチュンチュンと呼ぶ獅子尾の学外(ひょうきん)と教師(少し真面目)の二面性、そして女性恐怖症なのにすずめに踏み込まれて戸惑う馬村というのは、初めに書いたように非常に面白い配置だった。
・それに加えて山本舞香演ずるゆかかが久々に痛快な敵役(後親友)で見ていて楽しかった。惜しむらくは、他の二人の女生徒があまり使われていなかったこと。特にすずめとゆかかが敵対関係だった時にその緩衝材として面白い配置だったのに。
・一方でおじさん(東京での保護者)役の佐藤隆太がほとんど無意味だった。最初から特別出演(友情出演?)と割り切っての出演なのだろうけど、初め(ヒロインの上京時)と転換期(二人の関係にマッタをかける)、そしてクライマックス(二人を再び接触させようとする)と、全ての分岐点に登場しているのに全く機能していない。たとえばおじさんとのふれあいシーンは皆無だし、クライマックスではヒロインを病院に呼び寄せているのに、そこでもその後のフォローはゼロ。多く出ろとは言わないが、少しは実質的存在感を出して欲しかった。その点、西田尚美の方は同じ少ない出番でもしっかり存在感を出していた。


hirot15 at 23:53|PermalinkComments(0) 邦画 | 青春・恋愛

2018年02月25日

地下室のメロディー

1963年 Melodie en Sous-sol     
アンリ・ベルヌイユ監督&脚本 アルベール・シモナン/ミシェル・オーディアール脚本 ルイ・パージュ撮影 ミシェル・マーニュ音楽 ジャン・ギャバン アラン・ドロン ビビアーヌ・ロマンス モーリス・ビロー カルラ・マルリエ

五年の刑を終って娑婆に出た老ギャングのシャルル(ジャン・ギャバン)は足を洗ってくれと縋る妻ジャネット(ヴィヴィアーヌ・ロマンス)をふりすてて、昔の仲間マリオを訪ねた。マリオはある計画をうち明けた。カンヌのパルム・ビーチにあるカジノの賭金をごっそり頂こうという大仕事だ。相棒が必要なので刑務所で目をつけていたフランシス(アラン・ドロン)と彼の義兄ルイを仲間に入れた。

・多分初見。評判が良いようで、確かにそれなりには面白いのだけれど、エンディングにがっかり。そこまでの面白さが台無し。例えば「太陽がいっぱい」(映画版)のエンディングの素晴らしさは予期せぬ唐突感(完全犯罪にも関わらず不可抗力が働いた)にあった。しかし本作の場合は、ちゃんと閉めとけよ、か、或はそんなボロい鞄を使うなよ、ということでしょう。ばっかみたいとシラけてしまった。そこまでのアラン・ドロンとジャン・ギャバン(初共演?)の演技が良かっただけにとても残念。


hirot15 at 23:52|PermalinkComments(0) 洋画 | ノワール・ボイルド

2018年02月24日

二世部隊

1951年 アメリカ Go for Broke
ロバート・ピロッシュ監督&脚本 ポール・C・ボーゲル撮影 アルベルト・コロンボ音楽 ヴァン・ジョンソン レーン・中野 ジョージ・三木 アキラ・福永 ケン・K・岡本 ヘンリー・岡里 ヘンリー浜田 ヘンリー中村 ワーナー・アンダーソン ドン・ハガティ ダン・リス ジァンナ・カネール

1943年、日系2世の志願兵制度が許可になり、ミシシッピィ州のキャンプで訓練が開始された。そこへテキサス出身のグレイスン中尉(ヴァン・ジョンソン)が配属されて来たが、彼は部下がすべて2世であると知ってくさり、上官に転勤を頼むが聞き入れてもらえない。彼の配下のオハラ軍曹を分隊長とする1隊は、大学出のサム、小男のマサミ、年中ウクレレを弾いているカズなどなど、誰を見ても中尉にはピンと来ない。中尉は彼らに実に思いやりのない猛訓練を強いたが、2世たちは歯を喰いしばって堪え、やがて立派な戦闘部隊として第442部隊は伊太利戦線に従軍した。

・二世部隊と言えば、最初に知ったのは今は亡き望月三起也の「最前線(二世部隊物語)」ですが、戦後の作品なので戦意高揚映画というわけではない。まあ想像のつく内容・展開ですが。最初はジャップと偏見を持って着任した上官がその交流のうち、信頼する存在となり、今度は旧友が彼らをジャップと揶揄した時には彼らの名誉を守る為に旧友と喧嘩する。その旧友も二世部隊に窮地を救われ、二世部隊に感謝する、と。
・面白かったのは、まだ上官が偏見を持って過酷な訓練をする中、彼らはチームプレイで上官の裏をかいたり、柔道によってヘコませたりするエピソード。行軍の最中に豚を拾い、マスコットにするエピソードも印象的だが、全体的にあまりメンバーに特徴が無いのが残念。一応はヒヨコ雄牝見分ける名手や、ウクレレ弾き、収容所からの手紙を心待ちにする男や、逆に手紙をくれる親族の無い男など、役柄は設定されているのだけど。ただし、出演者の多くは実際の二世部隊の生き残りということです。
・日系二世なのに、彼らが吐く日本語は「バカタレ」だけ。勿論、白人に対するもので、意味を聞かれると「ソーリー」とか「サンキュー」という意味だと言い抜ける。最後に本当の意味を教えるオチがあるのも予想通り。その前に白人が「バカタレ」と叫び、自分たちが味方であることを知らせるエピソードがあるか。ドイツ人は日本語を喋る訳はないので。そういえば、ワン・シーンだけ拙い日本語を喋るシーンがあった。敵に盗聴されていることが分かり、相手に内容を知られないように日本語で無線交信するシーン。
・クライマックス以外、戦闘はかなりリアルで英雄的なものではなく、多くの犠牲も描かれる。実際に最も多くの犠牲者と勲章を貰ったそうですが。


hirot15 at 23:51|PermalinkComments(0) 洋画 | 戦争

2018年02月23日

レインツリーの国

2015年
三宅喜重監督 有川浩原作 渡辺千穂脚本 柳田裕男撮影 菅野祐悟音楽 玉森裕太 西内まりや 森カンナ 阿部丈二 山崎樹範 片岡愛之助 矢島健一 麻生祐未 大杉漣 高畑淳子

高校時代に大好きだった「フェアリーゲーム」という本について、何気なくネットで検索していた向坂伸行は、「レインツリーの国」というブログを見つける。そこに書かれていた感想に共鳴した伸行は、ブログの管理人のひとみにメールを送る。数日後、ひとみから返信が届いたことをきっかけに、2人はパソコンを通じて親しくなっていく。やがて伸行は、ひとみに直接会いたいと思うようになるが、ひとみには伸行に会うことができない理由があった。

・ああ、原作は有川浩だったんだ。それでまあ納得する映画。主演以外予備知識なかったから、思ったより良くて楽しめた。
・ヒロインが難聴であることは明かされる前に予想がつくので隠す必要はあるまい。二人の初デートのぎくしゃく感を納得すればいい。勿論、面白くなるのはそのネタバレ後である。その後の対応で、玉森演ずる主人公がやっとしっくり来る。それまではこいつはどういうやつだかよく分からなかったので。ちなみに、驚きは玉森の方の告白の方が大きい。
・この作品に納得がいくのは、ヒロイン側が美化されずにかなり劣等感を持って描かれていることだろう。確かに周りの密かなパッシングもあるけど(セクハラだけは余計だった気がする)、ヒロインの自業自得感も少なからず描かれている。そして勿論、それに対応する玉森の方も聖人君子的な対応で無く、怒るべき点はしっかり怒っていることで物語に深みが出来ている。麻生祐未と高畑淳子、両母親もさりげなく好演。



hirot15 at 23:50|PermalinkComments(0) 邦画 | 青春・恋愛

2018年02月22日

ビリー・ザ・キッド

1930年 アメリカ Billy the Kid
キング・ビダー監督 ワンダ・タショク脚色 ウォルター・ノーブル・バーンズ原作 ローレンス・ストーリングス台詞 ゴードン・エイヴィル撮影 ジョン・マック・ブラウン ウォーレス・ビアリー ケイ・ジョンソン カール・デイン ウィンダム・スタンディング ラッセル・シンプソン ブランシュ・フレデリシ ロスコー・エイツ ワーナー・リッチモンド ジェームズ・マーカス ネルソン・マクドウェル アギー・ヘリング

1880年の頃ニュー・メキシコ州のリンカーン軍の役人ドノヴァンは権力を悪用してぜひの論なく私腹を肥やすことに努めていた。英国生まれのジャック・タンストンは西部の事情に通じているマクスィーンとともにこの地に土着して牧場経営をしようとした。それを好まないドノヴァンはタンストン等を恐喝して追い払おうとしたが成功しなかった。この界隈に小僧のビリーと呼ばれる人殺しを何とも思わぬ侠気の悪漢がいてドノヴァンの暴政を憎んでいた。シェリフのパット・ギャレットは正義の血に富む快男児で、ビリーの罪を憎みながらもその侠勇を敬愛していた。タンストンのもとへ英国から許嫁のクレアがやって来た時、悪漢の1人がタンストンを殺そうと試みたのをしってビリーは・・・

・冒頭で、その映画が史実に基づくという但し書きはよくあることだが、本作は逆に史実に基づかないことを明記している。wikiを見るとビリーを描いた映画の最初に表記されている。フィクションと明記されているとはいえ、題材はリンカーン郡戦争らしい。
・ビリーはひたすら正義漢として描かれているが、面白いのは保安官のパット・ギャレットの方。ビリーを捕まえる側でありながら、節々でビリーに好感を持っているのが描かれ、その節度が面白い。兵糧攻めの末、ベーコンでビリーを降参させるエピソードは愉快。(その前の水を求めての悲劇的勇敢エピソードと対照的) だから最後の敵であるバリンジャーとの決着はあっさりしていて、焦点はほとんどパットとの関係性に重きを置かれている。だから本作の決着はそれなりに納得が出来る。
・この結末は、ひたすらビリーを肯定的に描いている故に許されたエンディングなのだろう。


hirot15 at 23:57|PermalinkComments(0) 洋画 | 西部劇